ここでは、主な流派の創始者以外で、空手界発展に尽力した空手家たちを紹介します。
松村宗棍
まつむら そうこん
1809年~1899年(享年91歳)
琉球王国時代に活躍した唐手家。
琉球王国時代に活躍した、最も偉大な唐手家であり、現在の「首里手系」空手家はのほとんどは、松村の流れを汲むと言われています。
弟子には、安里安恒、糸洲安恒、知花朝章、本部朝基らがいる。
松村は、幼少の頃より武に優れ、口碑では唐手(とうで)を佐久川寛賀に学んだとされ、17、8歳の頃には、すでに武術家として頭角を現し始めたといいます。
成人してからは、役人として薩摩に渡り、伊集院弥七郎から示現流を学び、免許皆伝を得たとされる剣術家でもあった。
また1836年(天保7年)、師匠の佐久川寛賀と共に北京へ渡り、勉学のかたわら、北京王宮の武術教官「イワァー」のもとで、中国武術も学んだとも伝えられています。
弟子の糸洲安恒が型稽古に主軸をおき、また那覇手の影響を受けて「身体を堅める稽古法」を重視したのに対して、松村宗棍はむしろ実戦(組手)と柔軟性を重視した稽古法だったとされます。
糸洲安恒
いとす あんこう
1831年~1915年(享年84歳)
琉球王国時代から明治に掛けて活躍した唐手の大家で、唐手の近代化に着手した最初の唐手家。
