現代の試合は、防御よりも攻撃が重要です。
勢いが無ければ試合に勝てません。
顔面や金的を守る気持ちはいりません。
水月よりも胸元を狙います。
勢いが勝れば相手はのけ反って後ろに下がります。
これは大会ルールでは有効だから。

戦いが生死に関わることはない。
現代は平和です。
「まぁ、この程度でいいや…基本は窮屈だ」「試合に勝てば良いんだから」
型は頻繁に変えます。
型は簡単な方がよい。
トップが変わればまた変えます。
平和な時代の武術です。
誤りがあっても命が取られることはないから平気です。
昔(80年代)は胸を突けなどという指導はなかった。
顔面は禁止だったから、水月か喉元を狙いました。
その喉元も禁止になった。
「彼は真面目だから、年齢的にも初段あげてもいいんじゃないかな…基本は下手だけど、これ以上頑張っても巧くはならないし…」
これが戦国の世なら明日死んでます。
いわゆる「基本がうまい。へた」
特に空手、拳法では基本に忠実なルールで囲わなければ、キックボクシングになってしまいま
す。
引き手を取って突かなければポイントにならないという縛りを作らなければ、形が崩れる。
これはいったい…
そのことを考えると、基本は何のための基本なのかを深く考えることが必要になります。
歴史と伝統に裏付けされていても、理論が伴わない基本の必要性は。
柔道では、例えば「背負い投げ」を繰り返せば、試合でもそのとおりに技を使えるが、空手で「前屈立ち中段追い突き」の稽古を何度繰り返しても、そのとおりに試合で使える人は皆無と言い切れます。
空手の基本と柔道の基本の概念はどこか違います。
そのことは、型稽古にも同じことが言えます。
型は実戦では使えない。空手ダンスだ。これはもう言い古された感があります。
基本や型を否定することは、空手の根本を揺るがすことになりかねない大きな問題です。



コメント