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肉体の壁/ どうしても超えられない壁がある 人間である以上抗えない哀しい壁です

  

若い頃に読んだ本には、「本当の武術は歳を重ねても衰えない強さがある。空手のように無理な動きの多い武術では、歳を取るに従い身体が動かなくなる。蹴りが蹴れないということになる」とある著名な中国拳法の達人の言葉ありました。

  

そのことだろうか。65歳を間近にして「身体が硬くなった。蹴りも威力がない」

あの自称、中国拳法の達人の言葉の呪縛に苦しんでいる自分がいます。

正確に言えば、若い頃の無茶がたたって、故障があちこち出てきたためであり、単純に歳を取ったからともいえず、古疵がうめきだしたから。

そして正直にいえば、身体はある程度動くけど、その後が辛い。

 

先日も一時間半の稽古(基本稽古、スパーリング)を調子よく終えて、眠りについたのも束の間、「来た!」

いつもあれが来る時は瞬時に分かる。目が覚めると同時に足がつった。「こむら返り」だ。

この日は「両太ももの内側の筋肉」こんなつり方は初体験だ、と感心している暇も無く激痛が走り、終わる気配も無く引きつり続けた。

 

しばらくして嵐は去り、ホッとして再び眠りにつくと30分も経たないうちに、次の嵐が訪れた。

今度は両足のふくらはぎと右足首がギューッと引きつった。

ふくらはぎなら何とか直す術があるが、足首の痛みと言ったら、くるぶしが折れるかというほどの長時間の激痛でした。

痛みには鈍感になっている僕でも、これには参りました。

 

そんなこんなで嵐は去ってくれたが、寝たらまた来るのでは無いかという恐怖心も手伝い、しばらくは廊下で歩行訓練を繰り返し寝不足になり、筋肉の痛みは翌日も残り、大切な用事もキャンセルするほどの大きな肉体的ダメージを受けてしまった。

 

この歳になり分かったことは、身体はそれなりではあるが動く。スタミナもまずまず。

でも、各筋肉、関節、その他諸々が悲鳴をあげていたことに気づきもしないで稽古をしていたという現実です。

これは技術で何とかなる次元のことでは無く、身体は年齢とともに細胞単位で弱く脆くなっていたのです。

どんな武術の達人であろうと「超えることのできない壁」だと思います。

中国拳法はその長い歴史で培った技術で、無駄の無い理にかなった動きができたとしても、やはり年齢には抗えないのでは無いだろうか。

その証拠に、古の武の達人たちは、すべて物故者になっているではないか。

いずれ肉体は朽ちるのですから。

これこそが自然の理であり、人知を越えた人間の行き着く果てを暗示しているのです。

無理はいけない。根性で越えられる壁などではない。

20代には20代の、40代には40代の、そして60過ぎたら…

そりゃ、命懸けで稽古をするもんじゃないよね。

  

  

  

 

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